大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和47年(そ)5号 決定

主文

請求人の本件請求を棄却する。

理由

第一請求の趣旨および理由

請求人は昭和二七年五月二七日、いわゆる皇居外苑広場のメーデーの騒擾被疑事件で逮補され、引続き騒擾助勢の罪名で勾留されたまま、同年六月一八日公訴提起され、翌昭和二八年四月一八日保釈許可決定により釈放された。しかし右被告事件については昭和四五年一月二八日無罪の判決が言渡され、同判決は控訴の申立がなく同年二月中ころ確定したので、請求人は拘禁一日に対し金三、〇〇〇円の割合による金額の補償を請求する。

第二当裁判所の判断

一当庁昭和二七年刑(わ)第一、六九七号騒擾助勢等被告事件関係記録を精査すると、次の事実を認めることができる。

(一)  請求人は昭和二七年五月二七日、同月一日皇居外苑広場およびその周辺で発生した騒擾事件につき、指揮、助勢罪の被疑者として通常逮捕され、次いで同月三〇日東京地方検察庁検察官は請求人を右騒擾事件につき騒擾助勢、公務執行妨害の被疑事実でそれに併せて別件の暴力行為等処罰に関する法律違反事件(以下別件という。)を付加して勾留請求したところ、同月三一日東京地方裁判所裁判官は騒擾助勢の被疑事実のみで勾留状を発付し、右勾留状は同日執行された。

(二)  その後、勾留期間は関係人取調未了を理由として同年六月一八日まで延長されたが、検察官の右延長請求書中には別件の被害者である鄭昌建の取調未了もその請求の事由の一として記載されている。

(三)  同日請求人は騒擾助勢およびこれと併合罪の関係にある別件の被告人として公訴提起を受け、その後九回にわたる勾留期間の更新を経て、昭和二八年四月一八日付保釈許可決定に基づき、同日釈放されるまで身柄を拘束された。

(四)  請求人は同裁判所昭和四五年一月二八日言渡の判決で、騒擾助勢については無罪とされ、この部分は確定したが、別件につき懲役四月、一年間執行猶予に処せられ、請求人からの控訴により、別件は現在東京高等裁判所に係属中である。

二以上認定の経過にかんがみれば、別件は勾留の基礎となる事件とはされていまいが、右勾留は別件の捜査および公判審理のためにも不可分的に併行して利用されていることが明らかであり、かつ、別件の内容は、騒擾事件の発生した当日の午後六時ころ、請求人らを含む北朝鮮支持の者数十名が、東京都江東区深川枝川町居住の鄭昌建を、同人が所属する反対派の大韓民国支持の居留民団から脱退させようと図り、同人の事務所およびその周辺に押しかけ、請求人を含む多数の者がこもごも同所で右鄭に対し執拗に脅迫的言辞を弄して同人を脅迫した事案で、事案の性質およびその背景からみて、それ自体、刑訴法六〇条一項二、三号の理由で勾留の要件を備えていたと認められる事件であり、かつ、別件は、騒擾事件と時刻を接し発生したものであり、別件の共犯者中には騒擾事件と関係のある当日のメーデーに参加した者も多数いることから、請求人に対する騒擾助勢事件と実質的には密接に関連する事件であり、右事件の勾留を別件の捜査および公判審理のために利用することは法律上許容される範囲内にあるといえる。

三このように勾留期間が、その基礎となつた被疑事実のみでなく、他の被疑事実の捜査および公判審理のためにも利用され、かつ、その利用が法律上許される範囲のものであるときは、刑事補償の成否および金額は、裁判所の裁量により、その勾留の全期間について、両者の実質的な利用関係を考慮して決定すべきものである。そして勾留の基礎となつた被疑事実につき、無罪が確定していても、この勾留を利用して調べられた他の被疑事実につき有罪または無罪いずれとも確定していない場合において、その各々の利用の期間が可分なものとして判明するときには、一応、前者の利用部分についてのみ補償をすることは首肯できないではない。しかし、本件の事例のように、両者の利用関係が併行的で不可分なときは、後者につき将来無罪が確定したら、原則として全期間について補償しなければならず、有罪が確定したら刑事補償法三条二号により裁判所は両者の事件としての重大性、難易度、身柄拘束の必要性の程度その他諸般の事情を比較考量したうえでその全額を補償するか、或いは一部または全部の補償をしないかを判断しなければならない。後者について、無罪または有罪いずれとも確定しない段階では、将来そのいずれの可能性もあるから、補償に関して、前記のうち、いずれの措置をとるかを確定的には決定しえない。もつとも、同法七条によれば、補償の請求は無罪の裁判が確定した日から三年以内にしなければならないことに定められているので、本件の場合も、無罪の確定した部分に限りすでに補償の請求をすることが可能であり、かつ、右確定の日から三年を経過した後には右請求をすることが許されないことになるのではないかという疑問がありうる。しかし、前記のように、有罪部分と無罪部分への利用期間が可分であれば格別、本件のように不可分な場合においては、拘束は一個であり、現在未確定の有罪部分も将来無罪となる可能性がないとはいえないから、右拘束の基礎となつた部分だけでなく、右拘束を利用して捜査・審理されたすべての部分についての裁判が全部確定した後に、はじめて刑事補償の請求ができるものと解するのが、刑事補償制度の根本趣旨に沿うものというべきである(名古屋地方裁判所昭和四五年(そ)第四号同年六月一八日決定・刑事裁判月報二巻六号六九二頁参照)。

四してみれば、請求人に対して騒擾助勢の公訴事実について無罪が確定していても、別件につき有罪の第一審判決が言渡され、控訴審に係属中である現在の段階で本件補償の請求をすることはいまだ許されないものというべきである。したがつて、請求人の本件請求は理由がないから、同法一六条後段によりこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。

(鬼塚賢太郎 片岡安夫 安広文夫)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例